マッサージ通い

日ごろストレスの多い都会人は時には極楽気分を味わいたくなるものではないだろうか。もちろん私たちとて例外ではない。殊にハードな体験をした後はその有り難味もまたひとしおと言うものだ。

 

タイ式トラディショナル・マッサージ初体験ですっかり味をしめた私たちは、結局この後二回もマッサージ・パーラーに通うことになった。この内一回目は前回同様夫婦一緒のコースにしたが、二回目は夫が普通のマッサージとハーブ・サウナの組み合わせで、私はフェース・マッサージとスキン・ポーリッシュ、それにハーブ・サウナを組み合わせてもらって各々2時間の極楽を味わった。

 

実はこれ以前に夫は床屋でキュウリ・パックやマッサージをやってもらっていた。私はお付き合いで一緒に行っただけだったので、正直言ってとってもうらやましかった。「ようし、今度は私もフェース・マッサージをやってもらうぞ」と固く決意していたのである。

 

チェンマイにはマッサージ・パーラーが無数にある。だから一体どこの店に入ったら良いのか本当に迷ってしまう。でもこの時は目的がはっきりしていたのでそれほど物色しなくてもすんでしまった。フェース・マッサージを掲げている店を探せば良いからである。

 

その店は宿泊先のホテルのすぐ近くにあった。入ってみるとここでも片言の日本語を話すお姉さんがいた。受付でこちらの希望のコースを述べ、時間を決めて商談成立。金額は表の看板に明記されている通りである。今回は夫婦別のコースなので夫は2階へ、私は一階の奥の部屋だそうである。

 

さて、案内されたのは6畳程度の広さで床がコンクリート敷きの、殺風景な上にお世辞にも美しいとは言い難いマッサージ・ルームだった。黒いビニールレザー張リのベッドが一つ、部屋のど真ん中に手術台みたいにデーンと置いてある。

 

ニコニコ顔のお姉さんは、私が部屋に入るや否や「ハイ、全部脱いで」と事も無げに告げると、どこかへ立ち去ってしまった。一人取り残された私は「エッ?」と言ったまましばらくそのまま立ちすくんでしまった。何を隠そう、私はその時までスキン・ポリッシュというものはどんな風にやるものなのか全く想像していなかったのである。フェース・マッサージ でお肌がぴかぴかになった時のことだけを想像してワクワクしていた私は間抜けだった。「そうか、スキンポーリッシュって全身を磨くってことなのね」とこの時になってようやく気づいたのである。

 

目がまぶしいほどの真っ黄色のバスタオルを、体に巻き付けようとしてもたもたしている私の背後から、「ああ、パンツも取ってね」とお姉さんの声がかかる。振り返ると、さっきのお姉さんにもう一人のお姉さんが加わって、追い討ちをかけるようなことをおっしゃる。「はい全部脱いでね、私たちも女性だからダイジョブね」という有り難いお言葉。ウーンそう言われてもねえ。「ああそうか」って気軽に思えるはずがないじゃありませんか。しかしここでひるんでは貴重な体験を棒に振ることになる。意を決して言われるままに「手術台」の「まな板の鯉」となった私なのであった。

 

まずは右腕のオイル・マッサージから始まった。クーラーのない部屋で暑いため、ひんやりしたオイルの感触がとても気持ち良い。それにこのオイルには体温を下げる働きでもあるのだろうか、どんどん涼しくなってくるのである。そのうちもう一人のお姉さんも加わって、右と左と半分づつ受け持って二人がかりのマッサージとなった。最初の気恥ずかしさも何のその「ウーンまるで女王様みたーい」と卑弥呼にでもなったような気分の私である。いつものことながら、並外れた適応力には我ながら感心する。

 

そのうちにパウダーが振り掛けられて、あかすりみたいなものが始まった。「そうそう一度これをやってもらいたかったのよ」と、いつかテレビで見た韓国のあかすりシーンを思い浮かべながらニンマリした。「でもちょっとヒリヒリするなあ。あっ、そうだ日焼けしていたんだった。皮がむけちゃって後でまだら模様になったりしたらどうしよう」と、ちょっと心配になったけれど、でもやっぱり気持ち良い。

 

何回も何回もオイルが塗られ、お姉さんたちの柔らかい手で丹念に擦られているうちに、最初感じた涼しさを通り越して寒いくらいになって来た。鳥肌が立ちそうなくらいになったところで今度はフェース・マッサージとなった。こちらもオイルを使ってお顔を擦ってくれる。でもこちらは手足の方に比べると時間が短かったためちょっと物足りない。でもやっぱり「ウーン、極楽、極楽」の世界ではあった。

 

すべてのマッサージが終了すると、今度は夫と合流してのハーブ・サウナの番だ。何にもない小部屋にビニール製の丸いすが2つ置かれ、バスタオルを巻いた姿のまま二人一緒に座らされる。蒸気がシュウシュウと送り込まれ、一瞬ガス室に送られたユダヤ人を思い浮かべてしまう。でもこちらはガスではなくハーブの良い香りが漂っている。

 

最初は「あんまり熱くないよね。こんなんで汗が出てくるのかしらね」などと言い合ってた二人だったが、10分か15分位するとどっと汗が吹き出して来た。気持ちが良いほどぽたぽたと汗が落ちる。汗が目に入って染みる。「うーん、これはすごい。これじゃ30分は持たないよね」ということになって、結局予定の30分より5分位早めに外へ出ることにした。

 

仕上げは屋外にあるマンディ・ルーム(水浴び場)で、洗面器に汲んだ水をザバザバかけてお終いである。サウナで熱くなった体には水が余計冷たく感じるのか「ウー寒い、寒い」とマンディはそそくさと終わらせた。

 

私たちが出て行くと待合室のソファに白人の女の子が座っていて、私の方を「どうだった?」という目で見つめているので「ほら、つるつるよ」と顔をなでて見せた。彼女は納得したように肯いていた。

 

 

20 あとがき